今から5年前、2007年の元旦、
私はビルマの西に位置するアンダマン海にいた。
モーケン族という漂流民族の取材のため
単身、カメラ片手に船を貸し切って、彼らの生活に密着していた。
私が辺境の民を取材するのは彼らで4回目だったか、
しかし明らかにこれまでの民とは違う、独自の異質な世界が広がっていた。
その正体は時間に対する考えの違いである
「年齢はいくつなのですか?」という質問を、何名ものモーケン族に聞くが
誰1人として答えられるものがいない。
通訳が「おそらく40歳は超えている」「どうみても20代前半だろう」と答えるだけ。
彼らには暦がない。
太陽暦も太陰暦もなく、あるのは月の満ち欠けのみで時間を計測する。
それも1月、2月、3月とではなく、
ひと月、ひと月、ひと月と、それだけを繰り返すのだ。
このアンダマン海の漂流民族は世界の辺境の中でも、
外部との接触を極端に嫌う希有な民族だ。
それまで私が訪れた辺境の民たちは、なんらかの形で外部と接触を続け
外部の文化を受容し、現代文化と半同化していた。
だがモーケン族はその方式がほぼ見られないのだ。
(姿形は短パンにTシャツであるが、中身が全く違う)
アンダマン海はビルマやタイ、インド、バングラデシュなどの国の領海であり
当然、各政府は正確な住人の把握に務めるため、戸籍管理を行おうとする。
だが、日常的に漂流し転々と生活する彼らにとって、どこの国の所属であれ、そんなものは関係ない。
一部には戸籍に登録した者もいるようであるが、ほぼ形骸化していた。
何せ、「定住することは死」であり、「漂流しつづけることで生きる」という民なのだ。
定住が前提の戸籍は、彼らにとって理解不能である。
現代文明がどんなに知恵や叡智を絞っても、
理解不可能な世界がアンダマン海にはある。
前フリが長くなった。
我々が彼らの文化を理解できないことと同じように
何が何でも原発維持、促進の立場も、似て非だが、
このままの状況では一向に折り合いがつかない。
理解不能である。
私は最終的には彼らの食卓に招かれた。
100%分かったわけではない。
だが彼らは私の『「時間」と「空間」を理解しようとする態度』を受け入れてくれたのだ。
どのくらいこの問題に対し投稿回数を重ねるかは分からない。
次では終わらないだろう。
だが「物言わぬ原発肯定者」から、私も一歩抜け出したいと思う。
キーワードとしては
・新しい選択肢
・東京
・不動産所持者の理解
・分散(もしくは>移転)
この4つかな。
アンダマン海の民族写真は、現在、手持ちのフォルダにないので
見つかり次第、アップしますね。
Gricko.org
2012/01/16
2011/10/14
旅と死について考える
ある女性が南米の辺境地帯を車で走行中、(driver who travel with herに)
横転事故を起こされ、死亡した。
6年前の出来事だ。
命日からまだ時間が経過しない中、
今週、世界一周旅行をしていた夫婦が、
マラリアに感染し、南米で死亡した。
(ソース元)
「旅と死」について考える。
こういうことが起きれば起きただけ
感じたままを匿名で書くことに
私は「無責任だな」と思う以外、関心はない。
匿名には文責がないからだ。
かつての私のように。
気をつけたいのは、こういう論調の人に限って、
ロクに旅をしたことがなく、旅の素晴らしさを知らない「引きこもり」が多いこと。
無知な故に稚拙で安易な結論と発言を産んでいることだ。
旅に出る前の私がそうだったから、気持ちが分かるし、本当に痛いなと思う。
私は旅好きな人間だから
自然と集まってくる人も旅している人が多い。
ビジネスでも「明日はカザフスタンに」「先週末カナダから」と、
ごく自然に喋る人が多い。
日常に世界が広がっている。
今出逢っている人が、明日の今頃地球の反対に行ってしまう。
これが私のフツーの感覚なのだ。
これも私が旅を日常化しているからに他ならない。
大学に入って間もない頃のように、ひたすら下宿先で引きこもり、ゲームやレンタルビデオに明け暮れていた私のままでは、こんな感覚にもなっていないし、世界も広がっていない。
あるのは6畳一間の、他人に理解されない宇宙だけだったろう。
私が今も世界中を旅を辞めないのも、
私自身が旅に出るようになったのも、
人との交流を大事にできるようになったのも、
また細かい所だが、
安易に「?」や「!」や絵文字を使わずに言葉の力を信じる書き方をするのも、
文頭の6年前から会えない彼女の影響だ。
現実に会えなくなってからは、「あいつの分まで」という思いが強くなり
余計に影響は強くなった。
「年月を経ればどんどん忘れていく」とよく言われるが、私は逆。
年月を経るたびにどんどん影響が強くなる。
「あいつが生きてたらこんなもんじゃない筈だ」と勝手に想像してしまうのだ。
先にいってしまってズルいよな、とはいつも思う。
でも現実世界に残され、彼女に関わった人たちは誰もが皆、彼女の意思を引き継いでいる。
彼女は厄介でムカつきハラワタ煮え返るような、でも忘れられない美しい言葉を、
考えられないくらいたくさん私に残していった。
1つだけ。
意味は色々とあると思う。
たぶんその時々、状況で解釈が変わってくる。
しかし、自分を作っている世界を知らないと、自分のことも分からないということだ。
だから私は、できるだけ世界を知ろうと思って、旅に出た。
正直言うと、彼女をギャフンと言わせるような、言い返したい言葉を探すために。
でもまだ見つかっていない。
私は、こんな言葉をたかが20やそこらで言ってしまった彼女が生きていれば
どんな世界が待っていたんだろうと、ふとした時に考える。
その度に、彼女のほんの一部でも生きてやろうという気持ちになる。
冒頭に戻り、同じことが、マラリアでこの世を去った夫婦にも言えると思う。
彼らは、ブログを通じて、彼らの世界で大きな影響力を持っていたという。
彼らに影響され、旅に出る若者もいたという。
似たような人を身近に亡くしている身としては、
また大事な宝が現実世界から消えたと哀しくなる。
一方で彼らの死を契機に、彼らの意思を受け継ぐ人たちが、
彼らが生きている以上に成果をあげる日もきっとやってくると信じたい。
私だって、追い越すには背中がとてつもなくでかいけれど、
彼女が生きている以上にやってやる!っていつも思ってるんだから。
化けて出てきた時に「なんであなたのやってることに私がいないのよ!」と怒鳴られてみたいし。
と、徒然なるままに、回想と彼らの死を受け継ぐ人たちへ、私なりのメッセージ。
_____________________________________
久々の更新。
今後は、事業の記事は別ブログを設けます。
ここは個人ブログのページとして、今後も息長く、ぶっちゃけトークばっかで行きます。
関心あることに出会い、書きたい衝動に見舞われた時に、書くという頻度でやるんで
相変わらずの不定期更新です。
タイトルもそろそろ変えますよ。
と言っても何も考えとらんので、いい案あれば、提案待ってます。
横転事故を起こされ、死亡した。
6年前の出来事だ。
命日からまだ時間が経過しない中、
今週、世界一周旅行をしていた夫婦が、
マラリアに感染し、南米で死亡した。
(ソース元)
「旅と死」について考える。
こういうことが起きれば起きただけ
「旅はしないに限る!」という論調が強くなる傾向がある。
「某地域はやはり危険だ!」
「日本が一番!無理はするな!」
感じたままを匿名で書くことに
私は「無責任だな」と思う以外、関心はない。
匿名には文責がないからだ。
かつての私のように。
気をつけたいのは、こういう論調の人に限って、
ロクに旅をしたことがなく、旅の素晴らしさを知らない「引きこもり」が多いこと。
無知な故に稚拙で安易な結論と発言を産んでいることだ。
旅に出る前の私がそうだったから、気持ちが分かるし、本当に痛いなと思う。
私は旅好きな人間だから
自然と集まってくる人も旅している人が多い。
ビジネスでも「明日はカザフスタンに」「先週末カナダから」と、
ごく自然に喋る人が多い。
日常に世界が広がっている。
今出逢っている人が、明日の今頃地球の反対に行ってしまう。
これが私のフツーの感覚なのだ。
これも私が旅を日常化しているからに他ならない。
大学に入って間もない頃のように、ひたすら下宿先で引きこもり、ゲームやレンタルビデオに明け暮れていた私のままでは、こんな感覚にもなっていないし、世界も広がっていない。
あるのは6畳一間の、他人に理解されない宇宙だけだったろう。
私が今も世界中を旅を辞めないのも、
私自身が旅に出るようになったのも、
人との交流を大事にできるようになったのも、
また細かい所だが、
安易に「?」や「!」や絵文字を使わずに言葉の力を信じる書き方をするのも、
文頭の6年前から会えない彼女の影響だ。
現実に会えなくなってからは、「あいつの分まで」という思いが強くなり
余計に影響は強くなった。
「年月を経ればどんどん忘れていく」とよく言われるが、私は逆。
年月を経るたびにどんどん影響が強くなる。
「あいつが生きてたらこんなもんじゃない筈だ」と勝手に想像してしまうのだ。
先にいってしまってズルいよな、とはいつも思う。
でも現実世界に残され、彼女に関わった人たちは誰もが皆、彼女の意思を引き継いでいる。
彼女は厄介でムカつきハラワタ煮え返るような、でも忘れられない美しい言葉を、
考えられないくらいたくさん私に残していった。
1つだけ。
「世界を作っているのはあなただけれども、
あなたを作っているのも世界なんだよ。」
意味は色々とあると思う。
たぶんその時々、状況で解釈が変わってくる。
しかし、自分を作っている世界を知らないと、自分のことも分からないということだ。
だから私は、できるだけ世界を知ろうと思って、旅に出た。
正直言うと、彼女をギャフンと言わせるような、言い返したい言葉を探すために。
でもまだ見つかっていない。
私は、こんな言葉をたかが20やそこらで言ってしまった彼女が生きていれば
どんな世界が待っていたんだろうと、ふとした時に考える。
その度に、彼女のほんの一部でも生きてやろうという気持ちになる。
冒頭に戻り、同じことが、マラリアでこの世を去った夫婦にも言えると思う。
彼らは、ブログを通じて、彼らの世界で大きな影響力を持っていたという。
彼らに影響され、旅に出る若者もいたという。
似たような人を身近に亡くしている身としては、
また大事な宝が現実世界から消えたと哀しくなる。
一方で彼らの死を契機に、彼らの意思を受け継ぐ人たちが、
彼らが生きている以上に成果をあげる日もきっとやってくると信じたい。
私だって、追い越すには背中がとてつもなくでかいけれど、
彼女が生きている以上にやってやる!っていつも思ってるんだから。
化けて出てきた時に「なんであなたのやってることに私がいないのよ!」と怒鳴られてみたいし。
と、徒然なるままに、回想と彼らの死を受け継ぐ人たちへ、私なりのメッセージ。
_____________________________________
久々の更新。
今後は、事業の記事は別ブログを設けます。
ここは個人ブログのページとして、今後も息長く、ぶっちゃけトークばっかで行きます。
関心あることに出会い、書きたい衝動に見舞われた時に、書くという頻度でやるんで
相変わらずの不定期更新です。
タイトルもそろそろ変えますよ。
と言っても何も考えとらんので、いい案あれば、提案待ってます。
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2011/09/25
ホームページ作りました
ヤックマンのホームページできましたよ、と。
で、このブログを「ヤックマン・ログ」ってな形でやるのか、
(今、勝手に付けてるけれど)
ヤックマンのブログは別に作るべきか、迷ってますけれど
そもそも最近はツイッターとフェイスブックばかりで、
ブログに割く時間がそれほど取れないというのが実情。
ヤックマンログやるとしたら、もうカンタンにね。
だったら別の所でガッツリ麺のことやることにして…
こちらはこちらで個人ブログとして、
炎上しようがなんだろうか好き勝手に書かせていただきますよっていう場所にしちまおうと思ってます。
私もどうやら麺のことばかりやるわけにはいかなさそうな話にもなっているし、
麺以外のことであれこれ言いたいこともあるのよ、と。
よく分からない不定期更新はこれからも相変わらずですが、
とりあえず…
物件決まったら2ヶ月以内開店!って所まできましたんで。
ま、「物件」が大変なんですけれどね(笑)
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