2012/01/16

最終的なタイトルは未定(原発問題に関して)

今から5年前、2007年の元旦、
私はビルマの西に位置するアンダマン海にいた。

モーケン族という漂流民族の取材のため
単身、カメラ片手に船を貸し切って、彼らの生活に密着していた。

私が辺境の民を取材するのは彼らで4回目だったか、
しかし明らかにこれまでの民とは違う、独自の異質な世界が広がっていた。

その正体は時間に対する考えの違いである
「年齢はいくつなのですか?」という質問を、何名ものモーケン族に聞くが
誰1人として答えられるものがいない。
通訳が「おそらく40歳は超えている」「どうみても20代前半だろう」と答えるだけ。

彼らには暦がない。
太陽暦も太陰暦もなく、あるのは月の満ち欠けのみで時間を計測する。
それも1月、2月、3月とではなく、
ひと月、ひと月、ひと月と、それだけを繰り返すのだ。


このアンダマン海の漂流民族は世界の辺境の中でも、
外部との接触を極端に嫌う希有な民族だ。
それまで私が訪れた辺境の民たちは、なんらかの形で外部と接触を続け
外部の文化を受容し、現代文化と半同化していた。
だがモーケン族はその方式がほぼ見られないのだ。
(姿形は短パンにTシャツであるが、中身が全く違う)

アンダマン海はビルマやタイ、インド、バングラデシュなどの国の領海であり
当然、各政府は正確な住人の把握に務めるため、戸籍管理を行おうとする。
だが、日常的に漂流し転々と生活する彼らにとって、どこの国の所属であれ、そんなものは関係ない。
一部には戸籍に登録した者もいるようであるが、ほぼ形骸化していた。
何せ、「定住することは死」であり、「漂流しつづけることで生きる」という民なのだ。
定住が前提の戸籍は、彼らにとって理解不能である。


現代文明がどんなに知恵や叡智を絞っても、
理解不可能な世界がアンダマン海にはある。



前フリが長くなった。


我々が彼らの文化を理解できないことと同じように
何が何でも原発維持、促進の立場も、似て非だが、
このままの状況では一向に折り合いがつかない。
理解不能である。


私は最終的には彼らの食卓に招かれた。
100%分かったわけではない。
だが彼らは私の『「時間」と「空間」を理解しようとする態度』を受け入れてくれたのだ。


どのくらいこの問題に対し投稿回数を重ねるかは分からない。

次では終わらないだろう。


だが「物言わぬ原発肯定者」から、私も一歩抜け出したいと思う。


キーワードとしては
・新しい選択肢
・東京
・不動産所持者の理解
・分散(もしくは>移転)
この4つかな。



アンダマン海の民族写真は、現在、手持ちのフォルダにないので
見つかり次第、アップしますね。

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